ワシントン日本人キリスト教会について

当教会について

 
当教会は、聖書は誤りなき唯一の神の啓示の書であり、したがってキリスト者の信仰と生活の唯一の基準であるという立場に立っています。
 

当教会は、故上原隆前牧師が米国長老教会 (Presbyterian Church in America)  に所属していたこと、同牧師の日本の出身教団が、PCAと極めて近い信仰的立場を取り、歴史的にも協力関係にある日本キリスト改革派教会であったことなどから、これらの教団に属する諸教会から折につけ協力を受けてきまています。しかし、当教会は、どの教団にも属さない超教派の教会であり、いろいろな教派的背景をもつキリスト者によって構成され、共に神の御言葉によって教えられ、養われ、訓練され、キリストとその聖なる教会に共に仕えています。
 

財政的には、私たち自身の自立教会を目指していますが(メンバーが絶えず流動する教会の性質上、経済的自立はなかなか困難です)、現在、アメリカの諸教会 と日本の有志の教会および支援者からのサポートによって、教会活動に必要な費用の大部分が、まかなわれています。
 

当教会の祈りと願いは、ワシントンを中心とするアメリカ中東部に在住する多くの日本人同胞に福音を宣べ伝え、ひとりでも多くの魂をキリストにある新しい命 へと導くことにあります。キリストにあって一つとされ、キリストにあって共に心を合わせてこの使命を果たしていく、これが私たちに与えられた大きな課題で す。 

教会の歴史

ワシ ントン日本人キリスト教会(WJCC)は1986年11月に創立され今年( 2017年)は第31年目を迎えます。31年の歴史といっても、それには前史があり、今日のWJCCは当時すでに存在していた二つの小さな群れが、神の 恵みにより合同することによって出発しました。その一つはバージニア州アーリントンのセントラル・メソディスト教会を会場に集会を続けていた(旧)「ワシ ントン日本人キリスト教会」であり、もう一つはメリーランド州シルバー・スプリングのノックス・オーソドックス長老教会で行われていた「北ワシントン聖書 集会」です。
 

(旧)「ワシントン日本人キリスト教会」は元メノナイト教会宣教師リー・カーネギー師夫妻と数人の熱心な信徒によって1981年2 月に、バージニア州アーリントンで始められました。その中心メンバーとして活躍した信徒の中には、当時アメリカ海軍研究所で研究員として働いていた中垣通 彦兄(九州工業大学元教授)とその夫人本田路津子姉(紅白歌合戦に出たこともある元歌手・現在福音歌手として活躍中)のお二人がいます。「北ワシントン聖 書集会」は、当時フィラデルフィアに在住し、シーブルック・キリスト教会の牧師として伝道に従事していた上原隆牧師夫妻によってメリーランド州シルバー・スプリングで1985年5月に始められまし た。
 

その後、この二つのグループは将来の一体化を目的として合同集会を重ねて準備を進め、主の恵みにより1986年11月第1主日に合 同して一つの群れとなり ました。教会名を(新)「ワシントン日本人キリスト教会」とし、集会所をメリーランド州ポトマックにあるセイント・ジェイムス・エピスコパル教会に移し、上原牧師の所属するアメリカ長老教会(Presbyterian Church in America, PCA)デルマーバ中会(現ポトマック中会)の支援を受けて新たに出発しました。
 

ポトマックで4年間集会を続けた後、1990年12月、集会所を交通の便の良い現在のベテスダ長老教会に移し、主の祝福のうちに教 会活動を続け、今日に至っています。1991年4月にはメリーランド州に、宗教法人として正式に登録されました。そ の間、最も画期的なことは、教会設立6年目の1992年12月、神の不思議な恵みと導きにより、日本人の多く居住するロックビルに多目的に利用される一軒 の住宅を購入することが出来たことです。それ以来、この建物は、主日礼拝以外の諸集会所、教会事務所及び牧師住宅として、いわば教会活動のセンターとして 重要な役割を果たしています。

過去30年のWJCCの歴史は神の恵みの歴史でした。それと同時に、私たちの教会の存続とその働きの継続のために、アメリカ長老教会及び日本の多くの教会 と信徒たち(特に当地から日本に帰った信仰の仲間たち)の熱心な祈りと支援があったことを、ここでもう一度思い起こし、心から感謝するものです。使徒パウ ロが、コリントの教会宛の手紙の中で、溢れるばかりの神の恵みに感じて、感動をもって書いているように、私たちも「言い尽くせない賜物のゆえに、神に感謝 する」(第2コリント9:15)。 

 

  2014年、上原牧師はがんと診断を受け、厳しい闘病生活の中、予てから念願だった後継牧師として、徳島教会から片岡牧師を迎えることを教会として決定しました。2016年11月6日に、国内外からのゲストを迎え、闘病中の上原牧師を中心として、 感謝のうちに30周年を祝いましたが、そのわずか二週間後、2016年11月20日に、上原牧師はワシントン日本人キリスト教会のその後を片岡牧師に託して、静かに天国に召されました。(翌2017年2月25日 上原牧師のメモリアルサービスを執り行い、最後まで、立派に牧師としての役割を全うされた上原牧師に教会員一同は心からの感謝と祈りを捧げました。)   後継牧師としての片岡継牧師は、2017年8月6日の就職式を経て、正式にワシントン日本人キリスト教会の牧師としての奉仕を始めることとなり、教会の新たな歴史の1ページが始まりました。

信仰的立場

聖書について

旧新約聖書66巻は、すべて神の霊感によって記された誤りのない神の言葉で あって、救い主イエス・キリストとその救いの道を啓示し、キリスト者の信仰と生活の唯一絶対の規範である。従って、いかなる人といえども、たとい御使いで あっても、それに追加したり、削除したり、あるいは変更したりすることは許されない。


神について 

生けるまことの神は唯一であり、その存在と知恵、聖と義、善と真実において 無限、永遠、不変の霊である。この神は、その本質において同一であり、またその力と栄光を等しくする父と子と聖霊の三人格として永遠に存在される(三位一 体の神)。神は、永遠の御旨により、ご自分の栄光をあらわすために、万物を無から創造し、摂理の働きによって、すべての造られたものを主権的に支配し保持 しておられる。


   人間について

 人類の始祖アダムは、神のかたちに、神の栄光のために、神との交わりの中に 生きる者として尊く創造されたが、サタンの誘惑により、神の御心に反逆して罪を犯し、神のみ前に立つことのできる義(ただしさ)を失い、神との交わりから 堕落し罪の汚れと刑罰をこうむり、霊的また肉体的な死の支配下に置かれた。それゆえ、アダムから出てくるすべての人は、罪と悲惨のもとに生まれ、その思い と言葉と行いにおいて、常に罪を犯す者となった。そして、自分の努力によっては、神に帰ることも、また、そのみ旨にかなう善行を行うこともできず、霊的に 新しく生まれない限り罪の汚れと支配と滅びの中にある。 


  イエス・キリストについて

 キリストは、永遠の神の子でありながら、聖霊によって処女に宿り、わたした ちと同じ人間性を取られ、この世においでになられた。主イエスは、私たちの罪をあがなうために私たちの身代わりとなって十字架にかかって死に、葬られ、三 日目に よみがえり、救い主として永遠のいのちの保証となられた。復活された主は、天にのぼり、大祭司として父なる神の右に座し、私たちのためにとりなしをしてお られるが、やがて、私たちの救いを完成するために、再びこの世においでになられる。 


 聖霊について 

人が神の前に義とされるのは、いかなる意味でも、人間の努力や行いによるの ではなく、ただ神の恵みにより、イエス・キリストを信じる信仰による。聖霊は、私たちのうちに働いて、そのような信仰を与え、罪を認めさせ、ゆるしを与 え、私たちを新たに生まれさせ、神の子とされる。さらに聖霊は、信じる私たちの中に住み、私たちを聖化し、私たちにみ旨を行わしめ、また、助け主、慰め主 として、世の終わりまで私たちと共にいて、私たちを導いてくださる。

 

  教会について 

神に選ばれ、召され、聖霊によって新生した聖徒たちの交わりである教会は、 キリストのからだと呼ばれ、キリスト御自身がそのかしらである。聖霊の恵みにより主キリストを信じ、あがなわれた者はみな、そのからだなる教会の中に加え られ、神の民として養われる。地上の教会は、再び来たり給う主を待ち望みつつ、真理である神の言葉に堅く立ち、礼典と戒規(教育訓練)を重んじ、また、す べての造られたものに福音を宣べ伝えていく。  


 終末について

 主イエス・キリストは、終わりの日に、み体をもって栄光の中に再臨し、審判 者として生ける物と死ねる者とをさばかれる。その時、主は私たちを御自身の栄光のからだと同じかたちに変えて、私たちを永遠の御国を継ぐ者とされる。ま た、敵であるサタンとその勢力を滅ぼし、すべてのものを新たにし、もはや死もなく、悲しみも、叫びも、病いもない神の国を完成し、それを父なる神に渡され る。こうして主にあがなわれた私たちは、キリストとともなる共同の相続人として、永遠に神の国を喜び、神の栄光に仕えて生きる。